京都のおばんざい市
京都のおばんざい市

会社情報

会社概要 company

京の味工房 おばんざいドットネット

お惣菜の製造販売を専門とする京都の老舗製造メーカーがご提供するWEBショップです。


会社概要


・運営社名
  橋爪食品 株式会社
・代表者
  渡辺 喜代司

・所在地
  〒601-8363
  京都府 京都市 南区 吉祥院 嶋野間詰町18
  TEL. 075-662-2044
  FAX. 075-662-2770

・資本金
  4000万円
・創 業
  1950年10月
・設 立
  1953年 6月
・取引銀行
   京都銀行  京都信用金庫


・沿 革

  昭和25年10月
   橋爪宗三郎、橋爪食品として個人商店を創業、純砂糖炊き煮豆製造を行う
  昭和28年 6月
   橋爪食品(株)を下京区観喜寺町にて設立
  昭和30年 3月
   京都市中央卸売市場内の宝商店街にて販売店舗運営/煮豆製造卸業を本格開始
  昭和35年 4月
   京都市中央卸売市場隣接の宝商店街に販売店舗設立「宝店」1号店
  昭和37年 4月
   京都市中央卸売市場隣接のカネリ商店街に販売店舗設立「カネリ店」2号店
  昭和40年 5月
   おばんざいの製造販売開始
  昭和40年10月
   「宝店」 1号店 拡張
  昭和47年11月
   橋爪敏 代表取締役社長に就任/創業者橋爪宗三郎 会長就任/宝店拡張
  昭和60年 3月
   業務用珍味の発売開始
  昭和61年 4月
   『京のおばんざいシリーズ』発売開始
  平成 元年 5月
   急速冷凍機導入
  平成 2年 1月
   創業者 橋爪宗三郎 死去
  平成 3年 6月
   京都市中央卸売市場隣接の珍味専門店「東店」出店
  平成 4年 9月
   京都市南区吉祥院に冷蔵及び冷凍の倉庫を新設
  平成 6年 2月
   宮崎県・鹿児県にて、契約栽培開始
  平成 7年11月
   橋爪謙太朗 代表取締役社長に就任/橋爪敏が会長に就任
  平成 8年 2月
   京都府日吉町にて、契約栽培開始
  平成 9年 3月
   京都市南区吉祥院に、新工場建設開始
  平成 9年 6月
   宝商店街内の販売店舗「宝店」「東店」閉鎖
  平成10年 2月
   本社及び工場を南区吉祥院に新設、移転
  平成12年 2月
   レトルト殺菌装置、金属探知機、ウェイトチェッカー等を新設
  平成12年 5月
   ロータリー自動真空包装機を新設
  平成13年 6月
   『京都 おばんざいシリーズ』発売開始
  平成13年 9月
   『丹波黒豆水煮』の発売開始
  平成15年 9月
   京都市南区上鳥羽馬廻33番地に「京の味工房」第2工場が完成
  平成15年11月
   七条商店街の販売店舗兼市場物流センター機能を、本社に機能集約
  平成16年 2月
   『京・四季のしつらえシリーズ』発売開始
  平成16年 9月
   本社PCシステムを新設
  平成17年 6月
   「京の味工房」濾過軟水装置を新設
  平成18年 6月
   「京の味工房」製袋印字機の導入
  平成19年 2月
   特売案内、代行FAX、送信サービスの開始
  平成20年 3月
   生産ロット管理システのム導入/インクジェット印字機の導入
  平成21年 4月
   兵庫県みのり農協にて、契約栽培開始/金属探知機入替導入
  平成21年10月
   ソフトスチーム(スチームチェンジャー)殺菌機導入/ミルクリート床の施工
  平成23年 6月
   インターネット店開店
  平成24年 7月
   原材料トレース管理システム導入
  平成25年 5月
   オゾン水殺菌装置導入
  平成26年 3月
   データウェイ計量システム導入
  平成28年 4月
   「本社新社屋・工場」竣工/「京の味工房」より本社へ移転
  令和 元年10月
   渡辺喜代司 代表取締役社長に就任/橋爪謙太朗 顧問就任
  令和 2年 4月
   会長 橋爪敏 死去


・創業秘話

 終戦直後の各家庭には配給制度により、トウモロコシの粉、サツマイモの粉、オカラ、こんにゃく、砂糖などの配給がありました。しかし、それらの配給は微々たる量でしかなく、誰しもが飢えを感じて満足できる事はなかったのです。

 戦後中国の青島(チンタオ)から引き上げてきた創設者の橋爪宗三郎は、甘いものに餓えている皆の為に、お菓子造りをはじめました。それから間もなく、闇市が立ちはじめ色々な物が売られるようになったのですが、砂糖などは簡単に手に入らずサッカリン、ズルチンと言った人工甘味料が代用品として売られていました。

 しかし純砂糖がない状態では、本当に美味しいお菓子造りが想い通り造れませんでした。そこで橋爪宗三郎は、『国内でも純砂糖は探せば必ずある』と全国を駆け回り続けて、純砂糖をかき集めたのでした。

 橋爪宗三郎の思いは廻りの関係会社へも伝わり、当時の取引会社の協力もあり、橋爪食品へ『純砂糖』が集まるようになってきました。『純砂糖』が順調に集まるようになり、その恩返しにと、自然な甘み、懐かしい味、おふくろの味、自分が幼い頃に味わってきた思いで深い『おばんざい』の再現を目指しました。純砂糖で造り上げた、京の淑やかな甘くて美味しい『橋爪のお豆さん』は、全国に知れわたり大ヒットしました。

・昭和30年代後期の工場内の様子(当時最先端の工場と知られていました)


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